初めて神様と出会った日

  • 2018.11.01 Thursday
  • 12:22

私が神社巡りを生涯の趣味道楽にしようと決めてから、かれこれ30年ほどになります。

でも、けっして神社仏閣のマニアではありません。

何というか・・そこへ行きたくなるから行く。呼ばれていると感じると無性に行きたくなる

のです。逆に頭でここ行きたいと思って行っても近くまで来ると、此処ではないと退散したり

することもあります。

だから神社マニアのように、手当たり次第に神社を巡るのとはちょっと違います。

・・・・・・・・・・・・・・

私が子供の頃から特異体質だったのか、たまに聞こえるはずのない声が聞こえたり、

何かがそこに居るのを感じたりする程度、それもたまにだったので、少し霊感が強いのかな?

くらいにしか思ってなかったのですけど、結婚してからなんです。

私と同じような体質の家内と結婚してから、お互いにビンビン感じるようになったのです。

特に私は気持ちが悪いほど、見えたり聞こえたり・・・・(笑)

犬や猫なども霊が見えるのか、何もない一点を見つめてウゥーッと吠えたり、名前を呼んでも

チラッとこっちを見るだけで、固まったようにある一点を凝視する事が時々あります。

多分、普通の人間には見えないものが見えているんだと思います。

 

私も以前はよく見えたり聞こえたりするとがあり、凄く疲れるので何も見えないように、ある先生に

見えないように感じないようにして貰ったのです。

それからはとても楽になりました。今でも集中すればそこに何かが来ているくらいは感じますけど

見えたり聞こえたりしないからとても楽になりました。

それまでは金縛りや、幽体離脱、幽霊や魑魅魍魎はしょっちゅう、聞こえるはずのない声も聞こえ

たり、慣れるとどうってこともないのですが、決して面白くはないんです。

家内と長女は気を集中すればもっとリアルに見えるようですけど、これ案外疲れるんですよね〜・・

 

私が神様事にハマったのは、ある夢を見てからかも知れません。

全く同じ夢を20回以上続けて見たことがあったのです。

その夢は、私が車で走っていて、そうだあそこへ行こうと何故か高い山に登って行くのです。

どんどんと登って行くと、車から見える景色と大きな岩、(又ここへ来たと思う)そして頂上より少し

下付近に着くと、低い草が沢山生えた広い広場が有り、車から降りて景色を眺める・・・・

少し寒いが気持ちがよい、又ここへ来たと思う。・・・・

夢の中でいつも思うのはここは何処だろうと?

夕方近くなると、いくつかの夜店が開店の準備を始めている。神社のお祭りのようだ・・・

そこからはまだ一段と高い山があり、車でもっと上まで登ろうと登って行くと、いつも豪雪で途中から

滑り転落するのです・・・

すると、不思議な事に(夢だから)エレベーターに乗っているのです。

そしてエレベターの最上階で降りると高い山の神社の中にいるのです。

そこから見る景色はとても美しく、空気がきれいで気持ちいい・・・

又ここに来たと思う。

その神社は小さいのですが、とても高いところに有り、その神社の2階からはとても美しい景色が

見えるのです。

神社の2階から見える景色は絶景で、見下ろすと下には川が流れ川に沿って道があり、人が歩いて

いる。

川の橋の麓に店が2軒並んでいて、その店は昔の団子等を売っている茶店かな?そのような感じだ。

この神社に来ると、いつもこの2階から見る景色が好きだ。(又ここへ来たと思う)

不思議なことに、そこからは遠く離れているはずなのにはっきり茶店だと見えるのです。

夢から覚めると、あの神社はどこだろう?肉眼で見えるはずのない離れた光景が(茶店が2件)不思議

なほどよく見える。

人が歩いている姿もずいぶん昔のような感じなのです。

・・・・・・・・・・・・・

このように同じ夢を20回以上も見ると、夢の内容もはっきり覚えているんですよね〜

この神社が何処にあるのかを探しました何年も・・・見覚えのある懐かしい風景だったから子供の時の

記憶か行ったことのある山に違いないと沢山の山を探したけどその場所は見つかりませんでした。
その夢のこともすっかり忘れ20年ほど経った頃、とても素晴らしい先生に出会ったのです。

すごい、この人は本物だ!と仕事が終わると家内と徳島まで先生の話を聞きに行ったものです。

私はいろんなよく当たると言われる神主や、よく見る人に見てもらたことがあるのですが、皆が言う

言葉に、共通点があるのです。

あなたには、とても偉い神様が憑いている。誰だろう?

今まで沢山の神様を見てきたが、こんな偉い神様に初めて出会ったと言うのです。

その頃は私も興味がなく「あ、そう」と思うくらいでしたが・・・・

徳島にすごい先生が居ると聞いて、その人の紹介で行ったのですが話を聞くとすごい。

沢山の弟子もいました。(宗教団体ではありません)個人の心霊研究所という小さな看板があるだけ。

私も興味津々で、弟子と言うより知らないことが多かったので、家内と一緒に勉強に通ってたのです。

その頃に先生が、小松君を見ようかと神棚に祝詞をあげていると神様が降りてくるのです。

目を閉じているとそのように感じるのです。

2人の弟子の内一人はじっと手を合わしたままで聞いている。もう一人の弟子は私の顔を凝視しながら

白い紙に鉛筆でちょんちょんちょんと点々を縦に文章を書くように付けているるだけ、誰が見ても

意味わからないと思う点々をずらずらと鉛筆で書いただけ。

そして、その弟子はタカミムスビが出てきた、安倍晴明も後ろに見えると言う・・鎧を着た武士がいる。

先生は、ほ〜タカミムスビの神が出てきたか、安倍晴明もか・・そりゃ〜感じるはずじゃわと・・

先生に安倍晴明は知っているけどタカミムスビって何ですか?ときくとタカミムスビの神も知らんのか?

私、その頃は何も知らなかったので、キョトンとした顔で聞いたことでした(笑)

先生曰く、わしもタカミムスビがついて居る。うちの会員では小松君が初めてじゃと言いました。

先生に変なものが見えると疲れるので、見えないようにしてくださいというと、そりゃ〜疲れるじゃろう

よし見えない、感じないようにしてやろうと、してもらってからとても楽になったのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その頃に、あの何度も見た夢のことを思い出して、先生にその夢の話をしたのです。

先生は神様に聞いてやろうと、しばらく神棚に向かって祝詞をあげていると突然武士のような言葉で

話し出した。

その山は・・・横倉山じゃ!行ってみるがよい。

(私)横倉山?何処にありますか?

高知県の越知町にあるじゃろ。知らないのか?

そこは安徳天皇が祀られている、壇ノ浦で入水自殺したことになっておるが、それは身代わりじゃ!

ちゃんと生き延びて、横倉山で家来と生存していたのじゃ、そして亡くなったあとそこで焼かれて

祀られているが、幾つかに分骨されて各地に奉られている。

安徳天応は本物の三種の神器をちゃんと受け継いだ最後の天皇じゃぞ。

行ってみるがよい。何か感じることがあるかも知れんぞ!

(私)行きます。次の休日の12月23日に行って来ます必ず。

・・・・・・・・・・・

(私)先生、私にタカミムスビとやらの偉い神様がついているのに、何でこんなに苦労して貧乏なの

でしょうか?もう少し良い暮らしをしてもよさそうなのに・・・どうして?

(先生)ハハハ・・・偉い神様がついたとしても生活とは全く関係ないですよ。私もタカミムスビ神

がついているけど、多分小松君より貧乏じゃよ(笑)

(私)先生、私にそんな偉い神様が憑くなんてそのような血筋なのですか?

(先生)そうとも限らん。多分魂筋(たますじ)じゃよ。血筋は沢山の人に受け継がれ何百人、何千人

ともなるが、魂筋は一本か2本じゃよ、血筋が薄くても、仮に無くても選ばれて魂の筋を継ぐことがある。

小松君も子供がおるじゃろうが、血筋は3人の子供に分けても魂筋は一人か全く継がない場合もある。

そのような時は、孫かもしくはひ孫、玄孫といつかは誰かが継ぐようになるものじゃよ。

小松君は武士の血筋のようじゃが、不動産屋よりも人を助ける仕事をした方がよいかも知れんな。

(私)先生、不動産屋も人を助ける仕事ですよ(笑)

(先生)そうじゃの〜・・小松君は誰が見ても不動産屋とは見えないじゃろうの。ちょっと違うの(笑)

皆、幸せの意味を勘違いしておる。本当の幸せとは考えたことがあるのか?

幸せとは、人それぞれで幸せの目的が違うかも知れん。

例えばお金持ちになりたい・立派な家を建てたい・世界旅行をしたい・プロ野球選手になりたい・等々

それは願望であって、欲望じゃ!欲望を満たせれば幸せだと思うのは勘違いじゃ!

反対に、世界共通の不幸とは何じゃと思う?世界中の全ての人間にとって共通の不幸がある。

・・・・・・・・・・・

それは「必要とされないこと」じゃよ。

会社で、学校で、家族に、愛する人に、仲間に、・・・必要とされないことが一番の不幸せじゃないかな。

だから、皆が必要とされるように努力することが大事であり、多くの人に必要とされることが幸せなのじゃ。

必要とされなくて、寂しがってる人がいれば必要としてあげるのも「愛」じゃ!

そして必要とされるように、努力することも大事なこと。それが幸せの近道じゃないかな。

しかし、万民に必要とされることは神様だって不可能なのじゃ。

キリストだって、万民に愛を捧げ多くの民衆に必要とされたのだが、処刑されて殺されたよな。

それは運命であって、キリストも自分の運命を知っていたじゃろうと思う。

国民に愛されたガンジーも宗教家に殺害されたよな。

キリストもガンジーも決して裕福で贅沢な暮らしはしてなかったのじゃが、本人は幸せだったと思うよ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この先生には色々なことを教えて貰いましたが、亡くなりました。

悪霊とも対決したり、私の知っている誰よりも力があり、今まで沢山の神主の祝詞を聞きましたがこの

先生の祝詞は聞いていて魂が震えるようなすばらしい祝詞でした。とても足下にも及びません。

それから私も皆に必要とされるように努力しているのですが、皆に必要とされるのは難しく修行中です。

家内も同じく、必要とされる保育園が愛おしくて、老体にむち打って保育園に勤めているのです。

そういう意味では家内も幸せを感じているのでしょう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そして12月23日の祝日に行って来ました横倉山へ・・・・

http://komatsu-j.jugem.jp/?eid=364

(以前書いていましたね安徳天皇の横倉宮へ)

 

以前書いてなかったことを少し書きます・・・・

車で20分ほど上がると、私が夢で見た光景と同じ広場があります。

そこは現在、横倉の里と呼ばれ、ここに平家落人が暮らしていたと云われます。

夢で見たのはこの広場の山手付近に夜店が幾つか準備中で、小さな摂社もありました。

夢ではお婆さんがその前でひざまづき、お祈りをしているので、後ろからお婆さんこの神様は

誰ですかと聞いたら、火雷様じゃと言いながら振り返って私を見て、ハハー火雷様じゃと土下座

して頭の上で手を合わす。

えぇっ〜俺が火雷様?火雷大神(ほのいかづちのおおかみ)と言えばイザナミが最後に産んだ子で、

そのせいで陰部が火傷して死んでしまうのです。そして父のイザナギに親不孝者め!と刀で斬り殺

される運命の神ですよね。・・・(後から勉強しました)

火雷様(雷神)と云えば気性の荒い神様で、そういえば私も雷神のように怒る時もありますね(笑)

・・・・・・・・・・・・

そこから少し車で行くと急な坂道があり・・・夢ではいつもここは豪雪だから車で上がれず転落

するのですが、そこからエレベーターで頂上まで上がるのです。

エレベータから降りるとそこは誰もいない神社の中なのです。

横倉宮です。ここに初めて来た時は何故か涙が止めどなくこぼれ・・・

そして、初めて神の言葉を聞いたのです。「よう来た・よう来た」と・・・

私が神社で初めて感激した一生忘れられない瞬間でした。

夢で見た神社と少し造りが違うのですが、間違いなくこの場所です。

この中を覗くと、階段が見えます、奥に2階があるのです。

夢ではその階段を2階から降りてきたことがあります。階段を降りた所に記帳する紙と筆がある。

そしてその2階から見える景色が、「バカ試し」と呼ばれる景色なのです。

私はいつもエレベータから降りると、その2階から見えた景色を今でもハッキリ覚えています。

いつもここへ来ると右手で丸い柱を押さえ、この景色をじっと見るのが好きでした。

川が流れ橋のふもとに茶店が2軒並んであるのです。

目の悪い私が、不思議なほどハッキリ見えた記憶があります。

 

夢で見るその景色と全く同じで、昔の神社はもう少し高いところにあったのかな〜と思う。

 

現在その茶店の場所へ行ってみると、工場のようなものが建っていました。

地元の人に聞いてみると、国道ができる前はその川沿いの道がメインの道だったそうです。

橋の側に茶店はありましたか?

昔から有名な茶店が2件あったと聞いておるよ。

やっぱり!間違いない。

なんでそんなことを知っておる?・・・ちょっと夢で見てそんな気がしたから・・・(^^ゞ

上の写真を見て、私が夢で見た冬景色を感じるままに描いてみました。

このときに中に光るものが見えたので、描いてみました。(もっと大きい光でした)

先生にこの絵に魂を入れて下さいとお願いして、魂を入れて貰いました。

この絵の中に神様が入っています。

時々、神社へ来た時のように二礼二拍手一拝をして拝んでいます。

ここにはこのような立て看板があります。

私がここへ初めて来た時が偶然に、12月23日で私が昭和24年生まれだから、これを見た時に偶然が

重なり運命の出会いの神社だと感じました。

今も私が一番大事にしている神社なのです。

ここへはもう何度も行ったのですが、行く度に新しく感じることがあるのです。

先日、ブログに書いたのですが・・・(神様との約束で伊勢神宮に行く)と言う題です。8/15

その時に、伊勢に持って行ったのがこの神社の鈴なのです。

私も初めて気がついたのですが、触ってみてビックリしました。

とても重たく、陶器でできた鈴なのです。

この鈴を神様から受け取って、胸にしまい伊勢にいられるタカミムスビ様に渡したのです。

(タカミムスビは自由奔放な神様なので、一ヶ所に定着されることはありません)

私がちゃんと持ってこれるのかテストだったような気がします。一応合格したようですけど。

徳島の先生の言葉が頭にこびりついています。

人に必要とされるように努力して生きなさい。それが人として幸せの法則じゃと・・・

神様だって必要とされるように努力しておるじゃないかと・・・

全ての人間が欲望を捨てて、全ての人に必要とされるように努力を心がければ、戦争もなく

犯罪もなく、平和な住みよい世界になると思いますけど、夢物語でしょうかね〜・・・

では又・・・・管理人。

 


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コメント
初めまして。家にいるかもしれない霊が怖くて、ネットで検索しているときにこちらのブログを知りました。私にとてもピンと来るお話が沢山あって、興味深く読ませて頂きました。これからも更新楽しみにしています。
  • kyoko
  • 2018/11/13 9:58 AM
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