心のより処となるものを持っていますか?

  • 2016.12.05 Monday
  • 01:50

人それぞれ、心のより処となるものを持っていると思うのですが・・・

もし、それさえ持ってないとしたら、持つようにしたら良いと思います。

とても気が楽になります。(全て割り切って考えられるから)

 

私は趣味として時間があれば神社参りをしているのですけど、神気を肌で感じたり

すると、気分がすっきりして、心身が浄化され神さまに励まされるような気がします。

特に、ハプニングが起きれば尚更のことです。

でも、神社や神さまだけが心のよりどころですか?と、聞かれれば、NOです。

私の場合、本当の心のよりどころは、自分の心の中にあると思います。

確かに神道一筋には間違いないのですけど、それだけでは人生としてつまらない。

神社巡りも趣味の一つだと割り切っているのです。

 

心のよりどころとなるものは、尊敬する人の言葉だったりする場合もあります。

例えば、三島由紀夫先生の「男が女より強いのは、腕力と知性だけで、腕力も知性も

ない男は、女にまさるところは一つもない。」

その言葉の影響を受け昔、トレーニングや訓練で歯を食いしばり自分をいじめるように

鍛錬している時に・・・

なんでそんなに自分の肉体をいじめるのですか?と、聞かれると(強くなりたいから・・)

なんで強くなりたいのですか?と、聞かれると(強くないと人に優しくできないから・・)

と、シブイでしょう(笑)

子供の頃の英雄は、月光仮面のように強くて優しいのが正義の英雄だったのです。

だから乱暴者をこらしめても、弱いものをいじめたことは一度もありません。

 

でも所詮、まだ煩悩多き未熟者です。(本人はそれでいいと思ってますけど)

三島先生は、「この世のもっとも純粋な喜びは、他人のよろこびを見ることだ」

とおっしゃった言葉がありますが、私は今だそのような境地に至っておりません。

 

私の尊敬する宗道臣先生の言葉です。

半(なか)ばは自己の幸せを、半(なか)ばは他人の幸せを・・・

自分がある程度、幸せでなければ、他人の幸せを願うことなんか出来ません。

自分がある程度、強くないと、他人に優しくなんか出来ません。

いつかは、自分がぼろぼろになっても他人の幸せを願う時が来るかも知れないけど・・

まだまだ先のようです、まだ未熟者の煩悩多き若者ですから(笑)

 

もう50年程前になりますが、少林寺拳法に夢中になり高知市から香川県多度津市へ住所を移転し、

もう一度少林寺拳法を本気でやろうと本部へ行って、仕事をしながら毎日通ったことでした。

そもそも宗道臣先生の本を読み、拳法を通じて人生の教訓を書いていたから、とても気に入り入門

したのです。

当時創始者の宗道臣先生は健在で、時々皆の前で投げられていましたが本当に体がふわっと

浮く優しい投げ方でした。拳法の特徴は「不殺活人」で相手を傷つけず争いを止めることなのです。
教えは釈迦の弟子であった達磨大師が、素晴らしい釈迦の教えを若者に教えるには

説法だけでは無理だ、体と心と一緒に鍛えないといくら立派な説法も身につかないと反論し(破門?)

単独一人でインドから中国少林寺までやってきて、少林山の洞窟の石板の前で坐禅を9年間も組み

ほとんど動かなかったので、手も足もないように見えたのでしょう(転んでも起き上がる、だるま像が

達磨大師なのです)

9年間も坐禅を組み釈迦の教えを、若者に伝えるために考えた方法が、心と肉体を同時に鍛える

少林拳と太極拳だったのです。拳法と禅と呼吸法を教えることにより、己を知り、人のあり方を

教えたのです。

当時兵隊として中国へ行っていた宗道臣がそこの少林寺で修行をしていたのですが、戦争が終わり

日本へ帰って来た宗道臣が、少林拳を少林寺拳法として伝えたのです。

(私はそのように教えていただいたのですけど)

少林寺拳法の正式な名称は「宗教法人金剛禅総本山少林寺」なのです。

空手のような攻撃の武道だと思って居る方も多いでしょうけど、心身を鍛えながら正しい生き方を

教える宗教法人の宗教なのです。

人間の急所や、ツボ等も自然と覚えますので、上級者になれば整体も自然とできるようになります。

道場には「拳禅一如」と書かれた額がありましたが・・・

 

そして大好きな言葉は・・・

 

己こそ、己の寄るべ、己をおきて誰に寄るべぞ、良く整えし己こそ、まこと得がたき寄るべなり。

 

自ら悪をなさば自ら汚れ、自ら悪をなさざれば自らが浄し、浄きも浄からざるも自らのことなり、

他の者に依りて浄むることを得ず。

・・・・・・・・・・・・・・・・

この聖句は練習時に全員でよく唱えます、たぶん今でもそうだと思いますけど・・・

達磨大師の教えは「自己確立」なのです。

私も最初は良く意味が解らなかったのですけど、毎日これを唱えて練習していると良くわかります。

少年少女にも単純明快でよく解るとても良い聖句だと思います。
 

全ての結果には原因があり、その原因は自分自身であるから、他者に責任転嫁しないこと。

いい結果を出したかったら、その原因を作れば良いだけのこと。

心身を鍛え、自己をよく整えていれば自分自身が心の寄り所となるので、他者に頼る必要はない。

この言葉は、40年経った今でも役に立っています。どのような事が起きようと、心を静め落ち着き

「他者に頼らずとも自分で解決できるはずだ!」と、気を引き締め胸を張ることが出来ます。

ま〜時々は、神社に行って神さまに一生懸命頑張るから、応援して下さいとお願いするかな?(笑)

神さまは本当に困った時は助けてくれますよね〜

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

(少林寺の画像から拝借)

 

少林寺拳法は達磨大師の教えなのです・・・

鉄は熱きうちに打て!

(鉄は熱してやわらかいうちには、打っていろいろな形にできることからいう。
人間も、純粋な心を失わず、若く柔軟性のあるうちに心身を鍛えることが大事である)

【健全なる精神は健全なる身体に宿る!】【健全なる魂は健全なる肉体に宿れかし

・・・・・・

神よ、健全なる精神(魂)と健全なる肉体を持った者に宿かれし・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・

しばらく神社巡りに行ってないので、とても行きたいです。

行こうと予定をたてたら、仕事が入ったり、急用が出来たりで、何度もです。

最近、休暇を取って神社に行こうと予定を立てたら、何か不思議に壊れるのですよ・・・

神さま私を嫌ってるのかな〜・・・

1月上旬にはなんとか行きたいと思っています。

下旬から4月までは忙しくなるので、休暇なしです・・・多分。

 

では又・・・管理人。

 

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コメント
felixさんコメントありがとうございます。
時々コメントいただいて感謝しています。私のブログをよく見てくれているのですね(^^) 伊勢神宮の不思議な写真見てみたいですねぇ・・・私も年内に伊勢へ行きたかったのですけど仕事で時間とれなかったです。
私は自分の体の中に住む神様を心の拠り所として生き、神社巡りは自己を祓い清め、身体に住む自己の神様や守護霊がパワーアップしてもらうために、心身共に喜んで行っています。
ほとんどの人には、身体の中に神様が住んでいるのに気づく人と気づかない人がいるように思いますね。
私の個人的なメールアドレスはコマツ住宅HPの右上にメールBOXがあるのでクリックするとOKです。沢山の方からメールを頂いております。では又よろしく・・・
  • 管理人より
  • 2016/12/17 10:48 PM
こんにちわ
心の拠り所と言えば神仏になりますかね
先日 伊勢神宮へ行ったんですが
凄い写真が撮れちゃいました
お見せできないのが残念です
  • felix
  • 2016/12/17 5:25 PM
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