坂本龍馬は偉人ではない!美化しすぎ

  • 2013.09.19 Thursday
  • 22:53

『勝てば官軍、負ければ賊軍』
 【意味】 
たとえ道理にそむいていても、戦いに勝った者が正義となり、
負けた者は不正となる。
物事は勝敗によって正邪善悪が決まるということです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
勝てば全て正当化され、歴史に英雄として残されるのが世の常。
どんな悪い奴でも、全て美化され英雄となり語り継がれて行く・・
源義経しかり、幼年時代の牛若丸しかりです。


「唱歌」 牛若丸
                          
牛若丸は色白な美男子で女装して
 京の五条橋で鬼の弁慶を退治した
 歌ですが・・・疑問です。

 説によると、牛若丸は色白だったが
 決して美男子と呼べるような顔では
 なく出っ歯で、背は低く、あばた顔
 で猿のような顔だったとあります。

 義経と呼ばれるようになっても
 源氏が勝ったから、英雄になったが
 平家が勝っていたら、即打ち首となり
 大悪人として歴史に残るでしょう。

 大陸に渡った義経は本当にチンギスハーンかも知れません。
 義経は小柄で、チンギスは大男なので違うと言う説もありますが・・・
 それも全く嘘かも知れません。
情報網が少なかった当時、写真や出生記録等はどうにでも
替えられるのです。

歴史には嘘が多いのです。そのように学校も教えるものだから、真面目な
国民は、信じて疑わないのです。日本だけではなく世界中がそのようですね。
西郷隆盛も、我々の知っている写真とは全く別人のようですし・・
明治天皇もそうです、我々の知っている明治天皇の写真は別人らしい
です。
聖徳太子もしかり、私達は10人の話を一度に聞いても分かる頭の良い人と
習いましたが、実際はおだて、祭られた、大バカ者だったかも知れない。
(私はそう思っていますけど・・)
勝てば官軍・・・そう、歴史は思うように変えられるのです。
・・・・・・・・・・・・・・・
高知を代表する英雄。坂本龍馬・・・・
龍馬ファンの方には叱られるかも知れませんが・・・・
そんなに偉い人でしょうか?疑問です。美化しすぎでは?
作家司馬遼太郎が作り上げた人物像のような気がしてなりません。

有名な龍馬のポーズ、懐の中は拳銃でしょうか?

龍馬の記念写真・・・・なんじゃこの座り方は・・
上の2枚の写真を見て、強そうに見えますか??
北辰一刀流の免許皆伝を貰っている?
声を大にして、バカにすな!と云いたい。
私もかつて少し、武道の心得があるのですが・・・
相手と対峙した時、強い相手はすぐ分かる。
とにかくバランスが良い。だから隙がない。
素人はバランスが良くないので、動けばすぐ分かる。
それと、免許皆伝クラスになれば、それ相当の練習量
がいるはずだ。
少なくとも素振りは毎日千回以上はするはずだ・・・・・
それなりの筋肉が、肩や胸につくはずだと思う。
写真を見る限り、貧弱な肩と胸で、武道家の肉体ではない。
隙だらけで、武道家として眼の鋭さもない!達人と呼ばれる人は
こんなバランスの悪い立ち方や、座り方は絶対しないのである。
武道の心得のある人や、野球、バスケ、ゴルファー、水泳選手等
スポーツの上級者、一流選手は皆姿勢や、バランスが良いのです。
ちなみに・・・他の人の写真を見ると・・

中岡慎太郎・・良い面構えだ、隙がない。

これが武道家の面構えですよ。強そうだ・・・


新撰組、近藤勇(天然理心流 試衛館道場主) 良い面構えだ・・・


これは新撰組の中で一番私の好きな人物永倉新八です。
新選組副長助勤(2番組組長)神道無念流の免許皆伝を貰っている。
記録によると、毎日8時間〜10時間の稽古をしたそうで大正4年
77才まで生きました。
激動の幕末時代の最後の生き証人でしょうね。
多分新撰組隊士の中で一番強かったのではと思います。
明治になり、剣術の指導をしていたそうですが、記録にあるのは
東北帝国大学農科大学(現北海道大学です)の剣道部部長を
していたそうです。
75才の頃、有段者(3〜5段クラス)の学生5人を同時に小太刀
で相手しても全く問題にならなかったそうです。
年老いても座る姿勢もバランスよく、隙がありませんね〜すばらしい。

坂本龍馬はどうだろうか・・・・
子供の頃の坂本龍馬は、気が弱く臆病で、11才になるまで、
おねしょをしていたため、近所の子供たちから「よばいったれ
(おねしょをする)」「泣き虫」「鼻たれ」と、からかわれていた
という。
12才になった坂本龍馬は、楠山塾(なんざんじゅく)へ通い始
めたが、間もなく退塾してしまう。
「退塾の理由」としては、「頭が悪く落ちこぼれであった為」
ついて行けなかったそうです。
確かに龍馬の手紙も、あて字、誤字が多く、字もへたくそですね
龍馬は、司馬遼太郎によって造られたイメージといっても良い。

三つ子の魂百までと言う。
性格はちょっとやそっとでは変わるはずもなく・・・
いくら乙女ねえやんが、スパルタ教育しようとも、才能は身に
つきません。
歴史人物で豪傑と名の付く人は必ずと言って良いほど、子供の時
から腕力も強く、負けず嫌いです。

オリンピック選手になろうと思ったら、「負けてたまるか、
なにくそ」という「カンキ」がなければ、選手にすらなれません。
免許皆伝ともなれば、金メタルみたいなもの。
通常のヤワな考えや、ヤワな練習では取れるはずがありません。
そして・・・
オリンピック選手ともなれば皆、静にも動にも姿勢とバランスが良いのです。
金メタルは4年に一度必ず誰かが貰えるのですが、免許皆伝とも
なれば、そうはいきません。
流派を継承して道場を継ぐものか、もしくは奥義まで全て伝授して
教えることが無くなった者で、心技体とも優れ恥ずかしくない者
のみが、免許皆伝となるのでそう何人もいません。


坂本龍馬が北新一刀流の免許皆伝者?絶対嘘だと思う。

免許皆伝の達人なら、静にも動にもバランスの良いはず・・・

武道でもスポーツでも上級者になると、立つ・坐る・歩くにもバランスが良いのです

強いか弱いか柔道なら組んだ瞬間に、剣道なら構えた瞬間に、まして弱いやつは見ただけで分かる。

バランスが悪いから・・・龍馬の写真から見るとバランスが悪すぎる。
きつい言い方をすれば「見たばぁ〜のもん」たいしたことない。
高知の英雄をすみません。言い過ぎました(笑)

(亀山社中)海援隊のメンバー左から3人目が龍馬。

私は武器を売って一山当てようと企んだゴロツキ連中・・としか思えない。
いろは丸事件では単なる、ゆすりたかりの、今で言う当たり屋みたいな
ことをして、死ぬほど大儲けした金で遊興三昧だったそうですが・・・
後藤象二郎を味方にし、土佐の外郭団体・海援隊として正当化したんですよね・・
日本を変えると言うより、政府に不満を持つ地方に口八丁で、たきつけ
武器を売って金儲けを企んでいたようにしか思えませんけど・・・
結果的に日本の夜明けに貢献した事となり終わりよければ全てよし・・・
まさしく勝てば官軍、全てが正義の英雄となり美談で語り継がれてゆく・・
すみません私、アンチ龍馬なので・・・・龍馬ファンに叱られます。笑
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ついでに、坂本龍馬を殺したのは京都見回り組の佐々木只三郎ら
となっていますがそれも嘘。
殺したのは元、新撰組の原田左之助(種田流槍術免許皆伝)
だと思います、もう一人は分かりません。
なぜなら、上段切りに対して坂本の鞘ごとの頭上受けに対し
刹那「こなくそ」と云って、頭を突き刺しているのです。
そんな芸当は槍術使いしか、できないと思います。
おそらく秒殺だったでしょう・・・・
一緒にいた中岡慎太郎は深手を負って2日後に死にましたが
駆けつけた土佐藩の軍人、谷干城は虫の息の中岡から犯人は
新撰組だと聞きつけ、近藤勇を捕らえた際、武士の切腹ではなく
打ち首に処刑したのです。
新撰組で槍術の使い手は原田佐之助しかいないし、「こなくそ」
と云う方言は原田の出身地、松山弁であることから佐之助しか
考えられない。

種田流槍術免許皆伝者 原田佐之助の画像
(元新撰組隊士10番組長)
龍馬を殺せ!殺してほしいと命じたのは多分・・
岩倉具視ではないかと推察する・・・
理由は・・説明すると長くなるので止めます。
幕末の頃の本を6~7冊ほど読めば大体の検討がつきます・・・
坂本龍馬、私には単なる要領の良い男としか映りませんでした。


谷干城の墓、高知市西久万に奥方とひっそりとあります。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
本日9月19日は月見、そして今晩は私の63才の最後の夜。
桂浜へ月見に行ってきました。
駐車場は車でいっぱい、駐車にずいぶんと時間が掛かりました。

結構沢山来ていて賑やかです、ここ数年では珍しいくらい混んでる。

浜にお酒とススキと団子が供えられて、月見の雰囲気満点。
中央に写るのはオーブかも・・・


天気も良く晴れ、雲一つなく綺麗でしたよ。月のあまりの明るさに
くっきりと写らない。


観月会休憩所、グループがあちこちで酒を楽しんだり、カップルも

空気も美味いし、気持ちいい、来て良かったと思う。

しばらくすると・・オーブが写りだした・・・
明日から彼岸の入り、だからでしょうか?・・・
空を見上げるとオーブがいっぱい。数分の間に魂も此処へ
楽しみに来たのでしょうかねぇ〜

せっかく桂浜に来たのだから、龍馬ちゃんも撮って・・
何はともあれ、あなたは高知の広告塔だからがんばってね!(笑)
今は龍馬様々です、県外からも坂本龍馬を見に来ます。
まさか龍馬も、こんなに有名になり人気が出るとは思わなかった
でしょうね・・司馬遼太郎さんのお陰ですよ感謝しなさい。(笑)

では又・・・管理人


 

コメント
陸奥雷さまコメントありがとうございます。
土佐人の私が土佐の英雄をぼろくそに言えば、沢山の反論が帰って来ます。それを承知で書いたのですけど、このブログ結構人気がありますね〜(笑)勝てば官軍負ければ賊軍なのに、歴史では影に隠れた英雄も沢山いるのに、誰かが小説やドラマに取り上げるとスポットライトを浴びて英雄になるような気がします。
  • 管理人より
  • 2018/09/14 8:22 PM

>勝ちさえすれば、後から正当理由はどうにでも付けられて、
>まかり通るのが現実ではないでしょうか?

そう思います。現代でさえ、社長の人格障害は、他の人達に比べて、割合が多いらしいですし。刀や拳銃を振り回す御時世で名を残すような人が、人格者である割合は低いでしょう。戦国時代など、幕末なんか比じゃ無いです。
  • 陸奥雷
  • 2018/09/03 4:27 PM
no name様十六夜様コメントありがとうござます。
疲れて、ブログを確認する気にもなれず、。連絡が遅くなりました。ごめんなさいm(_ _)m  私はアンチ龍馬とは思っておりませんが、皆さんがそう感じるのならそうでしょうね。私が言いたかったのは、歴史は曲げられて伝えられているということです。世界的にです。世界の歴史を振り返ると、時代の節目には必ず誰か英雄が必要なのです。そして決して英雄は英雄であって悪人であってはならないのです。その英雄を本当は悪人だとか、こんな悪い事をしたとか書くと、昔なら打ち首でしょうね。私は歴史上の英雄人物も、本当に人間的にすばらしい人物だったのか?疑問を持っています。聖徳太子しかりです。語り作られた英雄はすべて勝者であり、正に「勝てば官軍、負ければ賊軍」歴史上で「負けた賊軍」でも人間的にすばらしい英雄は沢山いたと思います。太平洋戦争でも、人間的にすばらしい人格の持ち主が、数名「国賊」とされ処刑されています。可哀想に靖国神社から排除しろとまで言われて、もし日本が勝っていたなら間違いなく英雄だったでしょうけど。
逆に日本を売った本当の国賊が戦後、権力を持ち大企業となっている。勝ちさえすれば、後から正当理由はどうにでも付けられて、まかり通るのが現実ではないでしょうか?
  • 管理人より
  • 2018/05/24 9:33 AM
アンチ竜馬という言葉があるのか.それこそ史実あいまいの所作.記事の写真家から,武術できないという指摘は,納得ですね.日本史教科書自体,明治維新は正当化されなければならないわけだが,明治維新の立役者=いまでいう国家転覆を実現したテロリスト達であったわけだが,司馬遼太郎をもってしても,薩長は神格化しすぎて語ること能わずのところ,土佐の人物は動かしやすかったのかなと思う.
  • no name
  • 2018/04/30 11:53 PM
人によって捉え方は違うので、そのような自分勝手な意見を押し通さなくても良いのではありませんか?

中岡慎太郎さんはもしかしたら貴方が思っているような人ではなく、とても卑怯で何でもかんでもすぐに人のせいにする人だったのかもしれませんから

それに、美談とゆうものは結局一方から見て美しいのですから
  • 十六夜
  • 2018/04/15 7:56 PM
確かにクソみたいな記事ですね(笑)
文章も下手くそだし、熱烈な龍馬ファンの心を逆なでるような書き方で申し訳ありません。只、龍馬ファンからこのような厳しいコメントが入ることを承知で面白可笑しく書いたまでのことです。龍馬は間違いなく土佐の英雄です。しかし土佐にも私のような龍馬が嫌いな輩が沢山いるのも事実です。高知は酒の文化なので、集まれば良く龍馬の討論をします。アンチ龍馬の中には歴史に詳しい高校教師や、学識のある歴史好きも沢山いますが、この討論は数年にわたっても解決しません。もし龍馬と同じ時代に生きていたなら龍馬を斬るか?と問えば私を含め数人の男が斬ると答えました。(8人中5人です)皆、歴史にそこそこ詳しい者ばかりです。確かに龍馬は英雄となりましたが、そのような時代の流れだったのだと思いますよ。龍馬個人の人柄は後から造られたもので、正に勝てば官軍負ければ賊軍で、時代が変わったから龍馬は凄い男だったと英雄視されていますが、当時龍馬を憎み、土佐の恥さらしだと思った輩も大勢いたことも事実なのです。(このメンバーは三島由紀夫が大好きな人ばかりでしたが、三島先生ならもっと上手に説得出来たと思いますが、大作家の先生はそんなリスクを負って書きませんよね)でも終わりよければ全て良しなのです。しかし、いくら考えても性格は好きになれませんね(笑)武士道の心得「葉隠れ」には当てはまりませんから。コメントありがとうございました(マリア様)
  • 管理人より
  • 2018/01/02 9:18 PM
クソみたいな記事ですね
最近分かったことなのですが アンチ龍馬の人って
あの手この手で龍馬のこと陥れようとしてるみたいですね
見苦しいです
あなたもその中の一人ですね( ´_>`)
  • マリア
  • 2018/01/02 5:44 PM
名無し様コメントありがとうございます。
このブログを見た龍馬ファンからは、いつもお叱りの言葉を頂きます(笑)歴史に残る日本の大英雄ですので、ブログのようなわずかな文章で、龍馬ファンの方に納得のいく説明は不可能です。資料を並べ、根拠を示し一冊の分厚い本にでもすれば少しは分かってくれる方もあろうとは思います。納得するように書く自信はあるのですが、そのような時間もないので書くつもりもありません。ただ龍馬に関する数冊の本を読んだだけで、龍馬ファンになるものと、私のようにアンチ龍馬になるものとに分かれると思います。ほとんどの本は龍馬側から書いているので、私のようにアンチ派はごく少数だと思います。同じ高知出身の人間でもあり、郷土の英雄を馬鹿にするのは心ないと思われるでしょうけど、もちろん今生きている人に龍馬の実像を知っている人は一人もいません。ほとんどの人は小説やドラマでしか知らない人物なのです。私も皆さんと同じような小説とドラマしか知らないと思いますけど、別の角度から見るので、彼の生き方に疑問を感じ、その小説が事実なら少なくとも武士道の精神ではないと断言します。私が龍馬の写真を数枚取りあげて、客観的に書いたのをお叱りだと思うのですけど、龍馬は土佐で小栗流を学び江戸で北辰一刀流を学び、免許皆伝を持っているとかありますが、それは嘘だ、全く弱かったと言う説もあります。写真を見る限り私もそのように感じたので書いたまでのことです。理由は、写真を見る限りある程度の武道かスポーツでもしていた人なら皆、私と同意見だと思ったからです。オリンピック選手のような一流でなくとも、ある程度の心得のあるものなら、対峙すれば強いか弱いかすぐ分かります。
まして、プロか素人かなら対峙しなくても分かりますよ。武道に限らず、野球選手でも、バスケットでもサッカーでも、動と静のバランスが素人とは全く違う、体格が違う、そこに気づいてほしくて写真をアップしたまでのことです。彼は素人でしょう。誰かに見て貰って下さい、一流でなくとも経験者なら分かるはずです。私が龍馬と同じ時代に生きて、友人なら武士としての恥を知れ!と一喝したでしょうね。しかし終わりよければ全て良し、勝てば官軍、負ければ賊軍。このような時代になったから英雄になっただけのこと、源義経しかりです。
まー・・じ爺いのたわいないボヤキのブログだと思って「馬鹿な奴だ」と見逃してやって下さいませ。争うつもりはありませんので・・・ありがとうございました。
  • 管理人より
  • 2017/08/17 2:33 PM
疑問を持ち、自身の論を提唱するのなら、証拠となる事実を集め妥当と思われるような推論をしなければ誰にも納得されないと思いますよ。例えば、体のバランス云々というのは写真に必ず表れると言える証拠はあるのでしょうか。あなたは本当に誰かの身体能力をはかる能力を持っているのでしょうか。なぜ1枚の写真だけでその人の能力を断定できるのでしょうか。主観のみの論はただの妄想にすぎません。できるだけ客観視を心がけなければ結局誰にも相手にされないと思いますよ。アンチ竜馬以前の問題ですね。あなたはあなたのいう美化されすぎているという事に異議を唱え修正されることを望んでいるだけではないのですか?別に面白いと思うので良いのですが、ではそれを論証できるような論をお持ちですか?それとも、ただ趣味の範囲内で言っているだけですか?論があるならそれを記事にしてほしいです。世間で言われているような一般的知識を覆すほどの記述が変わりうる程の影響力をもつ論は実に興味深いです。
  • 名無し
  • 2017/08/16 10:13 PM
陸奥守吉行様コメントありがとうございます。
やはりこのタイトルには色々とコメントが多いです。熱狂的な竜魔ファンもいれば、アンチ竜馬も居るのも事実です。同じ高知県人として、地元から英雄が出れば嬉しい限りです。高知県民は酒の文化で立っていると言って過言ではなく、酒席で竜馬の話題で盛り上がることも度々、当時の竜馬の生き方考え方を良しとしない高知県民も多く(アンチ竜馬の会もあります。勿論一部のメンバーでしょうけどね)坂本龍馬は司馬遼太郎の小説により作られた人間像が強すぎるというのがアンチ龍馬会の意見です。本来高知県の英雄は中岡慎太郎では無かったのだろうか?ジョン万次郎や岩崎弥太郎、武市半平太など高知県には他にも英雄が居るのに、何故あの竜馬がそんなに?・・・・歴史は不思議に書き換えられることが多く、英雄になるべし筈の人物が大悪党になったり、大悪党が英雄になったり日本史だけでな無く世界の歴史もそのようなものではないでしょうかねぇ?
  • 管理人より
  • 2017/03/05 11:03 PM
美化されようが何だろうがお前らが一生かけても死んでも出来ないような事をした人物なんだよ。
  • 陸奥守吉行
  • 2017/03/02 1:21 PM
坂本龍馬がどう言った人物であろうと国賊であることには変わりはないのでどーでもいいカスですが、この説明はさらなるカスほどの内容ですね。
カスすぎ。
  • しふやふた
  • 2016/08/08 6:14 PM
竜馬さんの偉業は、テレビの水戸黄門様と似たようなものか。なるほど、なるほど。勉強になった。高知県民は、どうして中岡慎太郎殿を英雄に祭り上げないのか。どう見ても、こっちの方がカッコイイざんす。
  • 世の中、銭や。
  • 2016/01/28 4:37 PM
高知県民の方コメントありがとうございます。
龍馬と同じ高知県民としてあまり言いたくは無いのですが、龍馬は結果的に英雄になっただけで、当時の武士にとっては大悪人だったかも知れないですよね。勝てば官軍、負ければ賊軍。終わりよければ全て良しで、歴史はそのように龍馬を英雄像として作り上げたような気がします。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
のん様コメントありがとうございます。
確かに新撰組も美化されたところがありますね。新鮮組を嫌った京都民も少なくなかったと思います。
池田屋事件から京都を守ったと英雄視されてから、我も我もと新撰組に入隊し一時は400人以上居たと言われます。
それだけ隊士がいると悪い事する輩も多く出てきて、新鮮組の羽織を着ているだけで何でもありの横暴をしていたから嫌われて当然でしょうね。だから土方歳三は厳正な規律を作って鬼の副長と言われたのです。新撰組は百姓の子であれ町人の子であれ、武術に優れ、命をかけて天皇や幕府の為に働ける者なら良しとしたのですが、規律も厳しく武士よりも武士らしい武士道を重んじたのです。
新撰組は、京都守護職会津藩の所属であり、テロ集団から京都で天皇と幕府を守る警察のような仕事をしていたのです。
新撰組隊士一覧
http://milky.geocities.jp/kyotonosato/sinsengumi/sinsengumi02.html
池田屋事件とは京都祇園祭の前の風の強い日に京都御所に火を付け、将軍一橋慶喜、松平容保の暗殺そして孝明天皇を長州へ連れ去る目的で計画をたてていたのを見破り、京都を日の大火から未然に防いだ功績が認められ有名になったのです。
幕末の荒れた当時にはそのようなテロ集団が多く、そのテロ集団の為に親や子を殺され、敵を討つ為に新撰組に入隊した者も多く居たと記録されていますね。
宗教団体と同じで、どんな良い宗教でも信者が沢山集まれば必ず悪い心を持った人が何人か現れるのは運命ではないでしょうか?ねぇ〜 ・・・やはり坂本龍馬は好きになれません(笑)
  • 管理人より
  • 2015/12/24 1:58 AM
竜馬もですが新撰組のが美化されすぎのような…

よろしかったら京都に遊びいって足跡を追ってみてください
新撰組の残した横暴の痕跡がたくさん残っております
事実、京都民からはあまり好かれていませんでした
大政奉還、会津の引き上げと同時に新撰組が出て行ったあと
京都民が祝った記録すらあるほどです
  • のん
  • 2015/12/18 9:24 PM
初めてブログを拝見させていただきました。自身も坂本龍馬に対しては懐疑心があり、プロフィールに尊敬する人「坂本龍馬」を挙げる人をみると本当に大丈夫かと思ってしまいます。あまりにも美化されてますが、自分の身を守るために捕縛者を射殺しています。平和主義者でもないし、やられたらやり返す人物ですからね。
  • 高知県民 38歳
  • 2015/12/14 9:29 PM
コメントありがとうございます。色々なご指摘ありがとうございます。龍馬については、同じ郷土の英雄を悪くは云いたくないのですが、高知県では龍馬ファンは巨万(ごまん)と居ます私のように歴史書や、数冊の小説を斜め読みして、アンチ龍馬は一握りでしょう。龍馬に関してはプロの歴史家でも意見が分かれるところです。我々は現実を知らないので、推測するしかないのです。私が龍馬ファンに叱られるのを覚悟で、書いたのは、私の周囲であまりにも熱狂ファンがいたので、こう云う見方もありますよと、不動産屋のオヤジが取るに足らない理屈を付けて書いただけのこと、プロではないのですので気にしないで下さい。只、元武道経験者として写真から、人相、バランス、肉体共等を見て、推測すれば強いと云うのは絶対嘘!薙刀であろうが、弓、槍、合気道であれ、高段者は皆、立つ、座る、歩くにバランスが良いのです。しかし龍馬は北辰一刀流の
名門千葉道場(本家の弟の小千葉道場)では塾頭(事実)だったのですが、練習が嫌いで、4年で道場に通ったのは2回程度だったのも事実のようです。いろは丸事件で大儲けしたのも事実、遊郭で湯水のように金を使ったのも事実、時節の風に乗り英雄になったのも事実なのです。
数あるエピソードから、ほんの一部だけ、龍馬の写真だけから推測した私の判断です。素人の単なるブログですよ笑いとばして下さい。(笑)
  • 管理人より
  • 2015/08/14 9:22 AM
私もアンチ坂本竜馬ですが、しかしながらあなたの主張には歴史学的に見てあまりにも稚拙といいますか、がっかりさせられました。
いくつか挙げさせてもらえば、北辰一刀流の件では、坂本の免許皆伝が薙刀であり、すなわち当時の多くの武家階級の主流武器である刀剣の実力は認められていないことくらいは少し調べればわかることです。これをバランスが悪いなど恐ろしく主観的な根拠で片づけられましては、残念としか言いようがありません。
そもそも、坂本が剣豪として鳴らしていたならまだしも、思想・政治的な貢献が幻想されている坂本に対して、武術が優れないことを声高に主張しても何ら坂本の英雄像を突き崩すことにはなりません。
暗殺に関しても、原田を暗殺に仕立て上げた根拠となる情報源(「こなくそ!」等)は、のちの明治官僚、すなわち坂本を英雄に仕立て上げた側の言説です。それを利用して見廻組説を否定することも、逆に彼らに正当性を与えてしまうだけです。
現代日本人の「坂本熱」は異常です。彼が何をやって、何をやらなかったかを突き詰めようとすることなく「英雄」として信奉することには精神を疑います。
しかし、当ブログの主張は、失礼ながら、これらの幻想を打ち破ろうとする姿勢が見られず、むしろ不完全な論で坂本信者に薪をくべてしまっているだけに映ってしまいました。
大変失礼な言動で恐縮ですが、もう一度文面と情報源をご検討いただけたらと思います。
  • 334
  • 2015/08/13 3:50 PM
コメントありがとうございます。色んなコメント嬉しいです。武士の世は平安時代1159年から始まり、西南戦争1873年(明治10年)まで714年という、長い内乱続きの世でしたが、幕末はその最後の時代です。色々なドラマの歴史があるのですが、ねじ曲げて伝えられた歴史が多々あるのは事実のようです。世界に類のない武士道と言う美しい精神。「剣禅一如」という言葉が大好きです。私は武士道精神の欠片もない要領の良い武士は大嫌いです。日本人には武士道の心を「平成」までにも受け継いだ武士が沢山います。たとえば私のように・・外見からは全くそのように見えないでしょうが・・・(高笑)
追伸・・中江兆民も嫌いです・・・(笑)

  • 管理人より、ありがとうございます。
  • 2015/06/24 11:16 AM
土佐の口先野郎の代表として、九州人として次の連中を挙げますがどうでしょうか?。
板垣退助 後藤象二郎 林有造 片岡健吉 山之内容堂。
林 片岡は落ちぶれ頼ってきた江藤新平を見殺しにしました。
まともな人は 中江兆民先生ぐらいなものです。
  • 横浜から
  • 2015/06/23 9:00 AM
転勤で5年間四国高松へ、高知へは度々。ここの人達の率直な印象は 土佐人は美化されすぎ買い被りです。 器の小さい要領のいい小賢しい度胸のない、争わず談合 相談する人達です。
司馬遼太郎の小説は全部想像デタラメです。 戦記も歴史物も。
  • 横浜の引退者
  • 2015/06/23 8:41 AM
全くおっしゃるとおり。
司馬さんは名前のインパクトを優先して坂本龍馬で書いたらしいですよね。実際は中岡のやったことだと。
歴史誤認恐ろしいです。
  • ななな
  • 2014/05/10 8:58 PM
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